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カテーテル検査の哀しいトラウマ。

明後日から3日間の検査入院です。
恐怖のカテーテル検査をやってきます。
とりあえずこれでビシッと決めてきます!
というか、もう心構えが出来たのでとっとと切って縫って貼り付けてください(笑)
ただ、弁置換ではなく自己弁が温存できる形成術が出来ればいいのですが・・・
微妙かなぁ。
咳も出るし、嫌な鼓動も感じるし、逆流がどれぐらい進んでいるのかが気になります。「開けてみたらやっぱりダメでした」ってことは大いにあるらしいので、生体弁や機械弁も考慮にはいれてるけれど、でもあっとうてきに機械弁の情報が多くて、生体弁の情報が意外とすくない。
その中でもさらに、大動脈を手術している人はたくさんいるのに、僧帽弁は少ない。
ネットをかなり探したけれど思ったほど体験談がない。
医師と話すのが苦手なのでちゃんとメモを用意しておかないと・・・

その恐怖恐怖の心臓手術の前に、ちょっぴし恐怖のカテーテル検査が待ってます。
14年前の高校生の時にやったけれど、すごく嫌だった。
その数ヶ月前に気胸の手術をやったけれど、その時よりも嫌だった記憶があります。
しかもあの時は、カテーテルと最悪極悪な経食道エコーを連続でやったもんだから死んだよ!!

あの胸の中を熱い液体が流れる息ぐるしさや、不快感。
それを乗り越えてから何時間もの絶対安静。
特に私がやったころは半日絶対安静で寝返りひとつ打たせてもらえなくて、今ならば耐えることが出来ても、高校生には過酷です。
しかも子供だからか、ろくな説明も受けずに検査を受けたし。
経食道エコーはもっと苦しくて、ゲーゲー終わったあとに吐いていたよ。

たぶん、両方ともすごく嫌な思い出になっているのは当時片親だったし母は遅くまで仕事をしていたことと、職場から病院が1時間近くかかったので、入院中に見舞いに来てくれず、両方の検査のときにたったひとりだったトラウマがものすごくあるのです。
苦しくて、でも絶対安静で動けないのに家族もいなくて、ご飯もうまく食べれずに飲み物ものめれずに、看護婦さんを呼ぶのも申し訳ないし、検査もひとりでいかされるしで、とにかくもう何もかも嫌過ぎて実はそんなに記憶がないぐらい。
とにかく泣いていて辛かったことだけがしっかりと記憶にあります。

今、病院選択で自分を悩ませているひとつはこの時のトラウマあって、遠いところは嫌なのです。

あの時に、入院中に誰も見舞いに来てくれなかった事(地元の病院の時は友達もいっぱい来てくれたのに)、苦しいときにたった一人だったことが、忘れられなくて、親には一度もそのとき辛かったことも言ってはないけれど、今でも正直、母親をそのことでは憎んでる。
辛くて早く迎えに来てと頼んだ退院の日に、お昼になっても過ぎても迎えに来てくれずに、看護婦さんにはお昼前に来ると思うからと告げてしまったので、お昼ご飯はもちろん出なくて、居場所もなくなって、ひとりでふらふらして、何度も見に行って、母に電話をしたら「掃除をしてたら遅くなってしまったけれど、今から出るわ」と言われて、ものすごくショックだった。
もうお昼もとっくに過ぎていて約束と全然違っていて!
家から一時間もかかるのに!!

今回のカテーテル検査は二度目だから少しは気持ちは楽。
でも、相変らずうちの親は検査の苦しみとか全然わかっていないみたいで「何時間待てばいいの?先に帰ってもいい?」とうるさい。
心配してないわけではないと思うし、忙しいのは分かっているけれど、一生に何度もあることじゃないからこそ、少しはこの検査の苦しみを分かって欲しい。

健康な人だからきっと一生分からないんだろうな。

この先、いっぱい辛い検査や手術も待っているけれどまずは第一関門突破をがんばろう。
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2005-01-29 : 病院 : コメント : 0 :

こんな病院あったらいいな?

病院選びは難しいです。

先生の技術で選ぶのか?
病院の規模で選ぶのか?
病院全体の看護体制で選ぶのか?

特に、今のように情報が割と手に入りやすい環境では(ネットや書籍を通じて)非常に嬉しいことだけれど、それだけに悩んでしまうものでもある。

3歳検診で僧帽弁閉鎖不全と診断されてから、今までいくつかの病院をわたってきました。

3歳から12歳までは父の仕事場から近いことからM城病院を、中学入学時に足の手術を行ったことと学校をあまり休む必要がないようにという親の考慮から近郊のT病院(今のT記念病院)、その後、18歳で肺気胸で手術し、マルファンにもっと詳しい病院に転院をということで、当時姉が在学していたF衛生大学病院へ。
しかしF大学病院の看護体制に疑問を感じ、家族が勤務するT記念病院に今年の1月に舞い戻りしてきました。

それぞれ、長所短所があってすべてを網羅するのは難しいです・・。
愛知県は東京や大阪ほど医療機関もこれだ!っていうのもないけれど、田舎に住むより選択肢は多いし、すごーく中途半端だなって今になって思います。

それはともかく、入院していてこれが欲しいよ!と思うもの。

「いろんな物がたくさんあるスーパー」
意外と、病院内のスーパーってたいしたものなかったりするんだよね。特に書籍関係は充実させて欲しい。
「レンタル図書館」
書籍やマンガが入院患者が自由に借りられる。これぐらいしか、時間つぶしできないけれど一日1冊買ってるとすごいお金かかるんだよ。
「レンタルショップ」
テレビデオなら、ビデオやDVDも見れるでしょ?長期入院者も最新の音楽事情がわかるし。これもいい暇つぶしになる。

病院経営は大変なところに来ているみたいだけれど、患者としてはこんなものがあったら嬉しいです。
こんな病院あったらな?
2005-01-28 : 病院 : コメント : 0 :

仕事の話は禁句です。

相変らずメールは、その時の内容は気分によってはお返事できるけれど、落ち込んでいる人に明るい話題を振られると返事できないよ。
励まそうとしてわざと明るい話題をしているのかもしれないけれど、そういうのが逆に気に障ってしまったりするし・・

特に仕事友達って微妙だよね。
すごく大事な友達'sだし、前の職場もその前の職場の友達もすごくいい人ばっかりだってしっている。
自分が勝手に悲観的になっているだけであって、みんな心配してくれていることもね。

でも、私はこうやって家でひとりで、みんなは仕事してみんなで楽しんでる姿や自分を発揮する姿を思い浮かべると、すごい絶望感を感じてしまう。

同じ職場に戻りたいと思ったけれど、同じ職場には戻りたくない気持ちもあるなぁ。
どんどん先を越されていくようなそんな孤独感があるから。

だから、お願いだから私に「忙しいけれど、みんなで仕事頑張ってるよ!」なんてメール送らないでよ。
私の穴を埋めるためにがんばってくれている気持ちは分かるけれど、それが励ましの言葉だとしても、でもツライ。
2005-01-27 : : コメント : 0 :

傷病手当金って知ってる??

今まで全く考えていなかったけれど世の中にはいろいろな制度があるらしい。

仕事を辞めることになってこの先どうやって暮らせばいいのだ!なんて世の中は弱者に対してひどいのだ!野垂れ死にさせるつもりか!ととても苛立ちと不安を感じました。

特に病気で仕事を辞めなければならないうことは、この病気が完治しないと収入を得る手段がなく、その代わり保険料だ税金だと国に払うためのお金だけがどんどん発生する。
「障害者年金」なるものがあるが、この規定はかなり厳しく例え働けない状態であっても寝たきりぐらいにならないとなかなか給付は貰えない。

そんなこんなで落胆していたのだけれど、いろいろ調べたら「傷病手当金」なるものが存在することがわかりました。
しかし、この「傷病手当金」にも大きな落とし穴があって、就業期間内に数日間の欠勤期間がないと一切の給付はできない。
例えば昨日まで元気に働いていて、急に体調を崩しそのまま2、3日後に退職したりしたら一円もお金は入らない。
他にもいろいろ落とし穴があってなかなかややこしい。

とりあえず自分のパターンでもらえるか派遣健康組合に問い合わせたら申請すれば給付がもらえるらしい。
それも税金年金を納められるぐらいの額はもらえるそうです。
ただし、最高1年半で同じ病気では二度ともらえない。

それでも、明日からの生活には困らないという危機感を消すことはできる。
しかしこんないい制度があるなんて誰も辞めるときに教えてくれなかった。
たぶん知らずにいる人も大勢いるのでは?
大抵の健康組合にはあるらしいのでぜひこれは活用すべきですよね。

しかし仕事を辞めるとやることが多すぎる。
今のところ終わったのは「国民年金への切替」のみ。

早く「健康保険」をどうにかしないと来週の入院が実費になってしまう。
しかし「任意継続」か「国民健康保険」かでこの「傷病手当金」の金額が変わるということを今日始めてしった。
「任意継続」のお金を振り込もうとした直前に。
これまた不公平だと思う!
ちゃんとその辺りも言ってくれないと難しくて素人には分からないよ!

いろいろ調べて直前でそれが分かってしまったので、現在は電卓片手に一体どのパターンが自分にとって一番いいのか検討中。
しかし派遣健康組合に電話して聞いてもいまいちはっきりとしたことを教えてくれなくて「あとはご自身の判断で!」と言われてしまった。
うーん、なんて不親切・・・

「雇用保険」の延長願いもやらなければならない。
病院や手術の選択もしなければいけない。
正式に決まれば時期も決めないといけない。
手術をしたら高額医療の請求もしないといけない。
その間の年金や保険料も納めないといけない。

世の中とってもめんどくさい。
仕方ないけれど毎日ひとつしかこの身体だとこなせないので大変なのだ。
2005-01-24 : 生活 : コメント : 0 :

復活傾向にあり

今日はとっても久々に長時間のおでかけをしてきました。
前々日に銀行に、前日に市役所に行き「結構平気かも?」と思い、今日は車を走らせて豊橋まで行ってきました。
本当は電車の方が早いのですが、乗り換えのたびに階段の上り下りをするのがちょっと自信がなくて自家用車に変えたのですが、本当にあれはくせものですよ!
なんで、さっき下がったのにまた上がるのちゅうぐらいに、駅ってのは階段がすごいよね。
特に田舎になるとエスカレーターなんてものはないしさ。

MNJ(マルファンネットワークジャパン)のお手伝いに行ってきたのですが、もうひとつは自分の話を聞いてもらおうと思い行ってきました。
結論は患者同士だから出るわけはないのですが、でも励ましてもらったり、手術はそんなに苦しくないよ!と教えてもらったりして、気持ち的には軽くなりました。
なによりも、今日は一日中いても全く身体も辛くなくてとても良好です。
これはもしかして仕事を辞めなくてもよかったのかも・・・という考えも出てきて、それはそれでショックですが・・。

少し前までは、自分の状況が受け入れられなくて、仲の良かった友達や親友にさえも自分が仕事を辞めたことや、今の状況を話す気持ちになれませんでした。
友達からのメールも今の自分の状況や気持ちを書く気持ちになれなくって誰ひとりとしてしていなくて、一人で完全に殻に閉じこもっていたけれど、やっと友達にメールを書こうという気持ちになったかな。
友達にも会いたいという気持ちも少しでてきたし。

しかし離職するといろいろ手続きが面倒だね・・・
なんといっても保険証がまだ手元にないのが苦しい。
病気でやめた人間には手放せないものなので、早く新しいのが欲しいよ。
2005-01-22 : : コメント : 0 :

仕事を辞めました。

やっと日記を書けるような気持ちになってきました。
いろんな事をいっぱい考えて書き残したいこともいろいろあったのに、いざこうやって文章にしようとおもうと浮かばないものだな。

ひとりでいっぱい考えて仕事を辞めることにしました。
水曜日に派遣先に告げて、金曜日には終業となりました。
あっけないものです。
派遣社員だからしょうがないか。
私だって正社員で働きたかった。
働けるだけの力もあったはずで、声をかけたもらったことも何度かあったけれど、病気のことを考えると無理できないし、障害者認定を取っているからそれがばれるのがいやだったし、ばれたらそこで働けなるからと思い正社員にはなれなかった。
でも仕事が好きでした。
仕事が好きというよりも、仕事を通じていろんな人と出会い勉強できて楽しいことや悔しいこともいっぱいあって、それでも社会で自分は役に立っていることを感じられうから、だから仕事をしているのだと思います。

仕事を辞めたら自分が空っぽになってしまいました。
これから自分は何のために病気と戦おうとしているのか。

病気治していいことないじゃないの?
機械弁の手術をしたら、一生子供はもてない。結婚もできない。そんなの、恋愛もできないよ。
ワーファリンを飲まない選択をしたら、何年か後にはいつかまた苦しい思いをしてリスクを抱えて再心臓手術をしないといけない。
なんか、どれをとってもこの先辛いことや苦しいこと痛いことばっかりで、何のための手術なのか全然分からない。

私は死にたいとは思ったことはない。
でも、生き続けたいと願うこともない。

いつも、出来るだけ後悔しないように自分なりに楽しみながら生きてきて、それなりに楽しかったし、もっとしたいことや楽しいことがこの先にないなんて思わないけれど、でも楽しいことと苦しいことの比率はどっちが大きいの?

私は片親なので、いつか母親が死んでしまったら、自分の生活や身体はどうやって守ればいいの?

先の先まで考えると、明るいことを今は考えられない。

でも生きるしかないから生きるよ。

いつかまた仕事をバリバリして、結婚は出来なくても自分を持った生き方を出来るような人になれるように、ちょっとずつ前向きに生きられるようにがんばるよ。
「絶対に戻っておいで」って、「席を空けておくから」と言ってくれた職場のみんなの大きな声が今の私にはとても大きな心の支えです。


明日は1月17日。
がんばろう、神戸。
がんばろう、あたし。
それでも生き続けるしかないから、みんながんばろう。

2005-01-16 : : コメント : 0 :

誰にも理解されないし、理解されたくない


誰も自分の気持ちなんか分かってくれないし、誰にも分かって欲しいと思わない。

別になにもいらないし、欲しいとも思わない。

死にたいとも思わないけれど、生きたいとも思わない。

なぐさめの言葉も欲しくないし、励ましの言葉も鬱陶しい。

めんどくさい。
めんどくさい。
考えるの全部めんどくさい。
2005-01-12 : : コメント : 0 :

マルファン症候群

そういえば、病気病気と書いていて自分の病名あまり書いてないことに気付きました。
今日は、参考までに病気の説明を。
ちなみに下はMarfan Network Japan(MNJ)より抜粋したものです


マルファン症候群は、身体の結合組織に影響する遺伝子疾患のことで,骨格、肺、目、心臓や大動脈といった多くの器官に症状が現れます。(症状の度合いはそれぞれの患者によって異なります。)

マルファン症候群患者の約75%が親からの遺伝によって生まれ、約25%は突然変異によって新たに生まれています。特に注意すべき点はマルファン症候群患者の大動脈は 正常より太くもろいことがあり、血管にかかる圧力により、大動脈の拡大(瘤)、解離、破裂や、大動脈弁および僧坊弁の閉鎖不全などが引き起こされてしまう危険があることです。

しかしながら、早期に診断を行い、薬物治療と運動制限を組み合わせ、定期検診をし症状によっては外科的手術を施すことにより、平均に近い寿命を全うすることができます。(突然変異によって「新たに」生まれた人たちは、まわりに前例がいないのでMFと気づかずに、診断が遅れ、危険性が高くなる可能性があります。)

発生頻度は人口の約 3000〜5000人程度と言われています。

実に2万5千人〜4万1千の日本人がマルファン症候群である計算になります。





ちなみに、私は遺伝性。3歳検診で僧坊弁閉鎖不全は発見されてますが、マルファンだと診断されたのがいつなのかは不明。

たぶん父がマルファンであったと思われる。すでに死んでいるのではっきりとはいえないけれど。

自分がマルファンであるのは知っていたけれど上のような病気だというのを知ったのはMNJの存在を知ってからです。それまでうん十年まーったく知りませんでしたよ。

幸運にも病気がとてもゆっくり進行していて外科的処置をしなくてすんだことも関係あるとは思うんですけれどね。

ずっとこのままなんとか生きていけるものだと思ってましたが、やっぱそうはいかないみたいっすね。
2005-01-10 : 病気 : コメント : 0 :

自信ない。

リハビリを兼ねて今日は退院後、初の外出をしました。
もっというならば12月29日から外出してません。
もっというならその前に入院する前ぐらいから病院と仕事以外は行ってません。
(あ、嘘だ。一回だけ食事に行った)
調子悪くなってからだいぶ過敏になっていて外出は控えていたのですが、割と気分もよく「こりゃ大丈夫だ!」と思ってのお出かけです。

しかし長い間、家にいたせいか脳みそが腐ってます。
家に出た瞬間から道は間違えるし、お金を持ってくるの忘れるし、忘れ物はするし。結局、1件立ち寄ってすぐにまた家に戻り、再出発。
買い物をすべて終えて帰ろうとして、そういえば最初の目的の快気祝いのお返し買うのを忘れていてまたお店に逆戻り。
ほんと、すっかりボケ老人。

ちょうどバーゲンシーズンで地元の小さな店でしたが買いたい精神がうずうずと巻き起こりちょっとだけ・・・と思いながらあっちの店をうろうろこっちの店をうろうろ。途中まで調子良かったんですが、激しく胸がドキドキしてきて黄色信号が鳴り始めるけれど、でも、哀しいがこれが女のサガ。
もうちょっと、もうちょっとだけ見させて〜!!と心の中での欲求がとまりません。

買ったのは少しですが、体力的にはどっぷり疲れました。
今日はまたちょっとヤバイって感じがしてきたので早めに休もうと思いながら結局こうやってネット見てるのだが・・・

たかが、2時間程度買い物しただけでこんなに疲れて私は来週から仕事に行けるのでしょうか?
先生はあまり病気に縛られずに、普通の生活に戻っていいと言ったけれど、自信ない。
今日平気だったら、月曜日から自信を持って職場に戻れそうだと思ったんだけれど・・・
でも仕事辞める勇気はまだ出来ないね。

仕事辞めたら、何を楽しみにして生きたらいいのか分からないもん。
仕事が好きなわけじゃない。
でも仕事があるからこそ、人と出会っていろんな刺激もあって美味しいもの食べたりいろんなところに行くこともできたりするわけで、子供も旦那さまもいない私が仕事やめたら後は何を目的にしていけばいいんだい!
2005-01-07 : : コメント : 0 :

今年の1年を思わせるような入院・・・

あけましておめでとうございます!と新年早々に言いたかったのですが、元旦の夜からまたしても入院生活を送ってきました。軽い心不全ということで今は元気になってご帰還です。

今回は実は入院するのにすごーーーく悩みました。
ひとつはどこに入院するかということで、長く診ていただいた大学病院を選ぶか、家族も勤務する近くの病院に入院するか。ここ最近悩んでいた「病院選び」を考えうために、近くの病院に入院しました。

自分の命をどこに預けるか?
とても難しい問題です。

病院の規模・実績・総合力では大学病院に市民病院クラスが勝てるはずはありません。しかし本当にそれだけで「医療」を選んでいいのでしょうか?
自分で自分の道を選ぶときに、多くの選択権を選べてかつ、じっくりしっかりと向き合い話し合ってくれる病院を探すのはとても大変です。病院といよりも「医師」を探さないといけないですね。

特に、今のようにネットを初め情報をたくさん得られることはとても幸せであり、その分、誰の何を信じたらいいのかがよく分かりません。
前回の大学病院での入院ではやはりどうしても大きな壁だったり、看護体制の不安だったり、医師同士の連結があまりなかったりしたことが、すごく気になっていて、その面は今回入院した病院ではとても安心して入院生活を送ることができました。

後は、「手術」をまかせられるかだけです。

その選択も今の私にはとてもとても大きな課題です。
どれを選択するかによって、私の人生は大きく変わってしまいます。生と死だけでなく、選択方法によっては子供を得ることは出来ません。でも生きるためにはそれを選ばないといけないという可能性も大きくあります。
本当の幸せはなにか、自分が何を目的にして生きていくのか、もっというならばいろんなものを犠牲にしてまでは私は長生きがしたいのだろうか?

自分の中で自問自答をただ繰り返すのみです。

みんな答えはどうだすの??
答えの出し方が分からないよ。
2005-01-06 : 入院 : コメント : 0 :
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プロフィール

はるみ

Author:はるみ
さまざまな病気を持った人間もそれぞれが自由に明るく、時にはいろいろな事に悩みながらも生きてることを『共有』したいと思っています。

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