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意外と快適だった集中治療室生活


前回の自宅療養の時にも、せっかくのお休み(?)なので、色々としたいなと思いつつも、結局何もできないままに終わってしまいましたが、今回も同じくあっという間に終わってしまいそうな予感がします。
平日ランチとか、ぶらぶら買い物とかしたいんだけどね。
服も買いたかったけど、体重が戻らないこの状態で購入したら、きっと数か月後には着れなくなります(*´з`)
今日は久しぶりにふるさと納税のHPを見てみました。
ハンバーグとかレトルトカレーとか、復帰後に便利に使えそうなものを頼んでみようかな。

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人工呼吸器ってなんであんなに苦しんでしょうね。
呼吸を助けていると思うのですが、「おえおえ!」って感じで、今回も苦しみました。
「先生が8時頃には来るのでその時に抜けると思うよ」という看護婦さんの言葉に、今何時だよ!?って心で叫んでましたが、たしか朝4時ぐらいに目が覚めたんだと思います。
人工呼吸器さえ抜ければ、あとは大したことないんだけどね。

今回は集中治療室に1週間おりました。
相変わらずここは快適です。
綺麗だし、意外と静かだし、看護婦さんたちはあれもこれも全部やってくれて優しいし。
私の入院していた病院は集中治療室が3つに分かれていて、ERで来た人でも症状が軽い人がはいるHCUと、症状が重い人が入るICUと、私のような予定手術の重症患者が入るGICUがあります。
GICUは昨年12月に新設されたので、器具も最新だしキレイです。
前回の手術では第1号の患者として私は入ったわけですが、またまたここに戻ってきてしまったので、看護婦さんたちも覚えていてくれたみたいです。

今回、1週間の間に2回も髪の毛を洗ってもらいまいした(^^)/
4/15に入院して以来、お風呂も入ってないし髪も洗えないまま手術になってしまったこともあったと思いますが、寝たままですが2回ほど髪を洗ってもらいました。
他にも足や手も泡洗浄してもらったし。
それだけでも気持ちがすっきりしました。

気持ちがすっきりしたのとは裏腹に食事後は結構吐いていたんですけどね(-.-)
食欲は全くないけどなんとか頑張って口に入れても吐いてしまう。
一番の問題は、薬を飲んだ後に吐いてしまうこと。
今回は抗生剤の点滴と薬剤が非常に重要な役割をはたしていたのですが、その薬も一緒に吐いてしまうこともあって、苦労しました。
しかし、全体としてはキズの痛みも少なく、それほど苦しかったわけでもなかったので、意外と快適(?)な集中治療室生活でした。
術前にお世話になっていたHICUの看護婦さんたちも「頑張ったね!」と励ましに来てくれたり、前回と違うのは循環器内科の先生達にも術前にお世話になっていたので、かわるがわる励ましに来てくれたりしたのがとても嬉しかったです。

そういえば、一般病棟に戻ってかなり後に偶然にICUの看護婦さんに会ったのですが「背が高かったんだね!!」と驚かれてました。
確かに、寝てるか車いすに座っているかの姿しか見せてないからね。
「歩けるようになったんだ~」ってとても喜んでました。
今回は術前と合わせて集中治療室とには、17日もいたので、本当にお世話になりました。



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tag : 感染性心内膜炎

2016-06-29 : 病気 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

手術室にGO!した日


病院にいた時は、看護師さんたちや同室の人たちなど色々と話をする機会も多かったけれど、家に帰ったら全く人と話さなくなってしまいました。
一人暮らしってやっぱりこういう時に哀しいね~。
おかげで、声がイマイチでない。
長い休みなんかで2、3日誰にも会わなかったりすると声が出なくなるんだよね。
前回はせっかくの機会(?)だし、家でゆっくりしようと思っていたけれど、今回は早く職場復帰がしたいです。
まだまだ10分の散歩で息切れしているようでは、ダメダメですが・・・

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手術日が決まったもの、今回はスマホを取り上げられてしまったので職場以外には全く連絡が出来ていませんでした。
そこで、看護婦さんにお願いして少しだけスマホを使わせてもらえることに。
メールとLINEだけなら30分ぐらいこっそりやってもいいよと言われて、カーテンの中でひっそりと打ちまくってました(笑)

手術をすると決めてから4日間しかなかったのですが、決めてからは割と落ち着いていたと思います。
ICUから直接手術室に入ったのですが、循環器内科の先生方の回診時だったこともあり、先生達にも見送られて、ICUの看護婦さんたちにも見送られて、一番驚きだったのが担当医の先生までもが、手術着でお迎えに来てくれたことです。
看護婦さんたちが「こんなこともあるんだね~」と珍しがってました。
ということで、先生と一緒に手術室へ。

しかし、今回ちょっとしたハプニングが。
実は麻酔がイマイチ効いてなかったんです"(-""-)"
本番の手術はもちろん効いてましたよ!
最初の点滴をしてもらって眠ったことまでは確かだったのに、しばらくしたら目が覚めてしまったのです。
一瞬、手術が終わったかと思ったよ。
しかし、まだ前処置の途中で右手の点滴を麻酔医の人たちだと思いますが、針を刺しておりました。
そこで目が覚めたのです。
正確には意識はあるけど、目はほとんどあかない。
そして、身体は全くもって動かないという超中途半端な状態です。
なので、点滴の針を刺すのが痛かった(涙)
だって、意識あるんだもん。。。
たぶん、みなさん意識がないと思っていたことでしょうね。。。
ただ、意識が戻ったのはその一瞬だけで、そのあとはまた眠ってましたよ。
もちろん手術が終わるまでね。

その時の話は、一般病棟に戻ったころに麻酔医の先生に話をしました。
実は気になっていたことがあって、手術前の身長測定の数値が気になっていたんです。
看護師さんと一緒に計った際に「前の時からずいぶんと縮んだね~」って言っていた記憶があって。
前の時って数か月前だし、体重はともかく身長なんて変わるものでもないから「??」って思ったんだけれど、あまり気にしてませんでした。
そのことを思い出してカルテを念のため確認してもらったら、身長がマイナス5cmになっていた(-.-)
おいおい!!!
たぶん、看護師さんが見間違えたんでしょうね。
私もあの時にちゃんと確認しておけばよかったのです。
これがあの時のイマイチ麻酔が効いていなかったことと関係あるのかはわかりませんが、体重と身長は麻酔にはとても重要なデータであることには間違いないので、気を付けてほしいものですね。

そんなこんなで、本当の目覚めは翌日の朝型でした。
前回は当日の夜だったんだけどね。
今回は手術に12時間かかったということでした。
先生も、待っている家族も大変だったかと思います。
そして、目覚めた私を待っていたのはお決まりの「人工呼吸器」との闘いでありました(*´з`)

その話はまた後日~
2016-06-27 : 未分類 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

命の選択


前回の手術後に有給をかなり使い果たしてしまったので、今回は有給休暇は一切使ってません。
復帰後もどうなるか予測つかないし、通院に使うかもだし。
おかげで4月半ば以降は無給状態です・・・
ローンに各種保険に生活費などなど。
出ていくばかりなので、そろそろ傷病手当金の申請の準備をしなければ。

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前日に循環器内科からの説明を受けて、翌日の21日には血管外科の先生の説明がありました。
PET検査があって、病室に戻ってきたら、予定の時間はまだでしたが、すでに家族が来ていました。
偶然なのか、もともとの予定だったのか分からないけど、すでに外科の先生と話をしたそうです。

その話を踏まえたうえで、本人の意思も踏まえたうえで決めようって感じでした。
今回とにかく悩んだのは、この病院で手術をすべきか、連携する大学病院に移送してもらうかってのでした。
先生も病院も信用していなかったわけでは決してありません。
でも、今回の発症の原因が前回の手術に起因するもではないかという疑心暗鬼の気持ちもあったのは事実です。
私自身は言えなかったこのあたりも踏まえて、姉が循環器の先生と同様に外科の先生にもかなり色々と言ったのだと思います。


前日に手術の話をされた時は、家族と話した時には8割ぐらい大学病院い行こうと思っていました。
でも、一晩色々と考えると、一度も行ったことがない病院に行ってそれで正しいんだろうか?
大学病院だから大丈夫って言えるものなのだろうか?
何を信じるべきなんだろうって。

私が手術した病院は市民病院クラスではあったけど、その分、医師も看護師も細かい対応をしてくれます。
血管外科の先生は一人しかいない分、予定手術は多くても週2回だけ。
その分、先生が診る患者の数は限られているので、ある意味しっかりと対応してもらえます。
実際の手術は一人ではできないので、大学病院からのサポートの医師もくる。
先生も元々そこの大学病院の医師なわけだし。

もう一つの懸念点は手術のタイミングでした。
後で私も感染性心内膜炎のガイドブックを素人なりに読んでよくわかったのは、この病気の最も難しいのは点滴治療を続けるべきか、手術すべきか。
手術の場合にはどのタイミングですべきかが、非常に難しいようです。

私の場合、弁に付着した贅腫(ぜいしゅ)といわれる感染巣がすでに10mmになっていて、万が一この感染巣が脳に行けば脳梗塞になるし、心臓に回れば心筋梗塞となり、その場合には手術が出来なくなり、命の危険がかなり高いとのことでした。
本来ならば、抗生剤である程度この菌を減らしたうえで、手術する方が予後もよいのですが、その処置をしている間に、贅腫が飛んでしまう可能性も高い。。。
どちらを選択すべきかがとても難しい中で、今回は「早期手術」を選択すべきだという判断が病院の中でされたようです。

血管外科の先生としては、ある程度抗生剤で菌をたたいてからの方がいいと思ったようで、当初の手術予定日は5/2でしたが、循環器内科からは、そこまで待つのは危険という判断もあって、最終的には準緊急手術として4/25が手術予定日となっていました。
この日はすでに予定手術が入っていたけれど、先生から患者さんに説明をして譲ってもらうことにしたようです。
4日後だから、すでにその患者さんは入院していた可能性が高いですよね。
申し訳なかったと思います・・・


そういった話を伺ったうえで、どうするかを決めなければならなかったのですが、大学病院となると患者数も多く緊急度の高い人も多いので、おそらく手術には1、2週間待つ必要があるという話でした。
自分も、精神的にかなり不安定になっていたので、今更病院を変えることに少しずつ抵抗を感じていました。
自宅からも遠くなり家族の負担もあるだろうし、ここの先生も看護婦さんたちも好きだし。
手術そのものは、内容的には前回と大きく変わるものではなく、感染元をしっかりと取り除くことと癒着を除けば、機械弁になるので前回よりも楽な部分もあるし。
大学病院だからといって、特別な器具や設備があるわけでもなく、必要な手術でもない。。

色々と悩んで先生や家族とも色々と話し合いをした結果、もう一度先生に命を託そうと決めました。

病院を決めるのも、医師を選ぶのも。
ほんとうに難しくて多くの人が悩むところだと思います。
先生もずっと同じ病院にいてくれるわけではないし。

以前、同じマルファン仲間とこの話をしたことがあるのですが、腕がいいと噂されてるけど一度も行ったことがない東京の大病院で手術するか、ずっと10年以上診てくれている地元の医師を選択するか。
それぞれ人によって選択が異なるって話をしました。
すごく難しい選択を時には、一瞬でしなくてはならない場合もあります。
答えがないからこそ、本当に難しいなぁと改めて今回も感じました。


今は自分の選択は間違ってなかったと信じています。

2016-06-26 : 未分類 : コメント : 2 : トラックバック : 0 :

まさに死の宣告のような


今日でちょうど術後2か月となりました。
昨日はまた血液検査のために受診してきました。
結果は「◎」でした(^^)/
炎症値が「0.1」まで下がって、白血球も前回と全く一緒ということで一安心です。
抗生剤の点滴が中止から約3週間経っているので、まず大丈夫かなっていう判断でした。

昨日は病院帰りにドラックストアに寄ったり、市役所に障がい者申請に行ったりしてきたのですが、あれもこれもとやっていたら夕方からどっと疲れが・・・
まだまだ自分の気持ちとは裏腹に身体はついてこないようです。。。

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入院した時には、まさか「再手術」などという言葉が聞かれるとは思ってもいませんでした。
抗生剤の点滴治療が6~8週間必要だという話があり、長い入院になりそうだなぁとは思ったけれど、点滴治療で治る病気なんだと思っていたからです。
今回は最初からICUに入っていたので、スマホがなくて調べることが出来なくて、自分の知識の中にこの病気のことがありませんでした。
ただ、前回の手術の際に大動脈弁を手術した人のブログがそういえば「感染性心内膜炎」だったかも・・という記憶がなんとなくありましたが、とにかくスマホがないから医師や看護師からの言葉以外には病気のことが分からず。

入院して数日後ぐらいから、検査結果によっては再手術の可能性もあるという話がなんとなくは出てきましたが、とにかく「検査してみないと分からないからね」という感じで断言はされなかったし、きっと大丈夫なんだろうと。
そんなころに、回診で複数の医師たちが回ってくるのですが、一番トップにいる先生がぽろっと「手術がんばろう!」という言葉が出てきて「え!?」って感じでした。
実はその日の夕方に家族と担当の循環器内科の先生から説明を受ける予定だったのですが、フライングしちゃったんですよね。
私としては、まだ点滴治療で治ると信じていたので、一瞬パニックに。
で、ポロポロと泣いてしまって、先生達も大慌て。
「ごめん、まだ話聞いてなかったんだね。ごめんね、ごめんね」と先生は謝ってくれたのですが、ここからは一気にダークモードに。
起きてても寝てても頭から離れない。
ただ、もしかしたら家族はすでにこの事実を知っていたのかもなと思います。

夕方に家族が来て、この先どうするかを話をしました。
私としてはとにかくもう手術したくない、頑張ったのにたった数ヶ月でまた頑張れなんてもう無理・・・
そんな感じでしたが、それでもきっと逃げられないんだろうなと。
手術をしなければならないとしたら、いつなのか。
最も大事なのはこの病院で自信をもって大丈夫だと言えるのか。
そんなことを話をしました。

前回の手術の際には自分で話を聞いて決めましたが、今回は姉たちにかなり前面に出てもらいました。
とくに一番上の姉は医療関係者なので多少なりとも知識もあるので。

循環器内科の先生との話の中でも、言いにくいこともかなりきつめに言ってくれました。
先生も思わず黙ってしまってましたが・・・・
私自身はやはりお世話になる病院の先生達には心で思っていても言えないってのもあったけど、そういうのも含めてかなり本音で話をしてくれたと思います。
でも、再手術しかないという選択に泣けてきて、泣けてきて。。


その日の夜中にまた高熱を出して、朝方までしんどかったです。
看護婦さんにお手洗いに連れて行ってもらって帰ってきたら、なんだか途端にいろんなものがはじけて、また大泣き。
その看護婦さんとは前回の手術の際から仲良くしてもらっていたので、余計心が緩んでしまったのかも。
頑張っても、頑張っても、また振り出しに戻される自分の人生に本当に嫌気がさしていました。
どうやったらここから逃げられるのだろうか。
本気で考えたりもしてました。
点滴をぶち抜いて、走って逃げちゃおうかなとか・・・
そんなことは出来ない自分がわかっていても、とにかくむなしくて悲しくて。

私にとっては死の宣告のようでした。

2016-06-25 : 未分類 : コメント : 2 : トラックバック : 0 :

とにかく検査の日々


今回の再手術の結果、昨年11月にDavid手術で残すことができた自己弁は、残念ながら機械弁になってしまいました。
その結果、障がい者1級に昇格(笑)
まだ仮昇格の段階ですが。
というのも、医師の診断書はいただいているのですが、申請に行くことが出来ていません。
ネックは写真が必要だということ。
今日やっと近くの証明写真機で撮影してきました。
しかし、1枚でいいのに8枚も出てくるのがいつも思うけど無駄だよね。
だったらもっと安くしてくれって思うんだけど。

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入院した日が金曜日だったので、土日は何の検査もないままただ高熱と闘っていました。
ちょっとだけメモを自分で残していたのですが、この頃から血圧がどんどん下がっています。
だいたい、私の標準は上が110~120ぐらいで、体調が悪いと130台になるって感じでしたが、血圧が70台~60台になってます。
自分では体調の変化はあまり分からなかったけれど、上の血圧が60を切るとよくないねぇみたいな会話を医師としていたような気がします。
メモが取れていたのは最初の数日だけだったので、そのあとは血圧はどうなったのか自分でもわかりません。

入院から3日後の4/18に、「MRI」「造影剤CT」を、4/19に「経食道心エコー」をしています。
「経食道心エコー」は20年ぶりぐらいだったけど、つらかった~。
ゴックン飲み込めとか言われても、あんなカメラ飲み込めんよ(-.-)
泣きながら検査してたもん。
胃カメラは最近は鼻から挿入できてかなり楽になったというのを上司から聞いてますが、経食道心エコーは変わらないんですかね?
4/20には、上記の検査から感染性心内膜炎であることが確定されて、循環器内科からの説明がありました。
この話はまた後ほど書くとして、4/21には初めての検査である「PET」を受けました。

PET検査とは
「PET検査」とは「陽電子放射断層撮影」という意味で、ポジトロン・エミッション・トモグラフィー(Positron Emission Tomography)の略です。
通常、がんは、実際に腫瘍(できもの)ができたり、体に変化が起きてから見つかることが多く、がん細胞の成長がある程度進んでからでないと発見しにくい病気でもあります
早期発見のため、特殊な検査薬で「がん細胞に目印をつける」というのがPET検査の特徴です。


通常はがん細胞の検査のためのようですね。
ただ、感染症の場合にも同じように感染しているところに色が出るみたいです。
初めての検査だったので何をされるか分からずにドキドキしましたが、造影剤CTとMRIの友達みたいなもんです(笑)

この日のPET検査の結果を受けて、正式に循環器内科から心臓血管外科へバトンタッチがされました。
この日に、今度は心臓血管外科から説明を受けたのですが、この話もまた後日に。

翌4/22に再度、MRIとCTの検査をしています。
なんで1週間に2回もやったんだろう?
進行具合を確かめるためだったのかな?

ということで、1週間の間にいろんな検査を一気にやったて感じですね。
手帳にメモしていたので記録できたわけですが、メモしていなかったら覚えていませんでした。
こうやって書いていてもPET検査と経食道心エコーは覚えてないもん。

振り返ってみても慌ただしい1週間でした。


2016-06-23 : 病気 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

高熱と抗生剤の日々


今日は午後から少しだけお出かけに。
クリーニングにちょっとだけ冬物を出しに行ったのと、ドラッグストアに買い物に行ってきました。
両方とも車で行って、ちょこっと寄って帰るだけでしたが、体調もそれほど悪くなくていい感じです。
この調子ならば職場復帰は意外と早くできるかも!?
8月のお盆前に復帰をしないと休職扱いになっちゃうそうなので、それまでに1日でもいいから出勤できるようになれるといいと上司からは言われています。
休職になると、今まで会社で積み上げしてきた個人年金が解約になってしまい、利率がグッと下がるので・・・
それが理由か(笑)!?

******************************

入院した当日に、早速抗生剤の点滴が始まりました。
その時には可能性の話だけされて、結果が分かってからではなく、可能性が少しでもあるならばすぐにでも治療を始めましょうってことで、抗生剤の投与が始まりました。
ただ、この時点では私は病気自体は全く理解出来てませんです。
なんかよく分からないけれど、とにかく点滴で身体の中で悪さをしているヤツを倒すんだなってぐらいの認識でした。

しかし、この日の夜からだったかなぁ。
ものすごい寒気と、ものすごい高熱を繰り返すようになりました。
これは手術日までずっと続きました。
特に寒気がすごかった。
布団を3枚かけてもらっても全く暖かくなりません。
身体の震えが止まらなくてすごい体力を消耗します。
それがなんとなく収まってきたなぁと思うと、次には高熱が襲ってきます。
38℃を超えたぐらいに解熱剤をもらって飲んでました。
解熱剤を飲めば1時間ぐらいで熱は下がります。
37℃台だと、まだこれから上がってくる可能性が高く、この時点で飲むと効き目が悪くなるので、ある程度上がるまで我慢しないといけないのが結構しんどかったです。
この、悪寒と熱が1日に2回ほど定期的に来てた感じです。
次の寒気が来るまで、2、3時間ぐらい間が空くのですが、そこだけが話をしたり検査をしても大丈夫な時間でしたね。
高熱や抗生剤の影響もあり、食事もほとんど食べられなくなっていました。
入院の日から手術まで10日ほどありましたが、ほとんど食べてなかったと思います。

この10日間は精神的にも肉体的にもとても辛かったです。

2016-06-22 : 未分類 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

退院後初外来


今日は退院後の初外来でした。
本来は金曜日が主治医の外来日ですが、退院が火曜日だったので、その週の金曜日だとちょっとは早すぎるし、翌週だとちょっと遅すぎる。
ということで、退院1週間後の今日に特別に外来予約を入れてもらうことになっていました。

ドキドキの検査結果ですが、退院時と変わらずでした(^^)/
今回は心臓はそれほど心配してなくて、やはり感染症の再発が一番怖い事です。
先生もそれを気にしての受診でした。
基本的にはCRPと白血球の値で見ているのですが、どちらも変化がなかったので安心でした。
先生からは、抗生剤の点滴中止から今日で2週間経って、数値も上昇していないので、第一関門は突破したかなっていう感じの判断でした。

ただ、内服薬を日曜日まで飲んでいたので、この内服薬の効き目も考慮したうえで、今週末に再度外来に行くことにしました。
これで数値的に問題がなければ、とりあえず第2関門も突破できるかな?

まだまだ完全に安心できるところまで来てはいませんが、今日の結果にホッとしてます。
毎回、結果を聞くのは試験の結果を聞くみたいにとてもドキドキしちゃいます。
早くこの「細菌撲滅キャンペーン」の終結を祈ってます!!

2016-06-21 : 未分類 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

即刻の入院宣告


昨日はなんとなく体調がすぐれなかったので、一日中テレビの前でぼーっとしてました。
入院中はテレビなんてほとんど見なかったけどね。
なんでかなぁ。
前回もそうだけど、見たいという気持ちが全然わいてこなかった。
だからといって何をしていたかと言われると何をして一日を過ごしていたのだろう??

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ER(救命救急センター)についたら、すでに数名の医師と検査技師の方が待っていました。
血液検査をするということで、何か所か血液を抜かれることに・・
足も抜かれたような気がするなぁ。
あとでわかったのですが、これは「血液培養」の検査のためだったようです。
感染性心内膜炎は非常に判断が難しい病気だということも、あとで知りました。

「感染性心内膜炎の予防と治療に関するガイド - 日本循環器学会」
感染性心内膜炎は的確な診断の下,適切な治療が奏功しないと多くの合併症を引き起こし,ついには死に至る重篤な疾患である。
近年の各種診断法の進歩,次々開発される抗菌薬,外科的治療法の進歩により予後は改善したと思われるが,発生件数は減少したとは言えず,いまだに的確な診断がつけられないまま徒に時を浪費し,重篤な合併症を発症した後に高次医療機関に紹介されるケースが後を絶たない。
こういう例を少しでも減らすことがわれわれ循環器医の使命であろう.
しかしわれわれ循環器医ですら,いつまでも続く発熱から心不全あるいは急激に発症する脳血管障害にいたるまで,感染性心内膜炎の多様な発症様式に眩惑され,その結果,診断,治療に遅れを取ることもある.


心エコーの検査をしているときには先生たちが「ここに見えるのがそうじゃないか」とかなんたらかんたら騒いでいたのですが、もう2か月以上前のことなので私もよく覚えていませんが、「最近何か体調で変わったことがない?」という話になって、心臓血管外科の先生に話したことと合わせて「そういえば、昨日39度の熱が出ました」という話をしたら、なんだかさらにざわついて「このまま入院しましょう」と言われてびっくり。

大動脈弁の逆流も見られるってことでその時には「検査入院」という感じの話だったと思います。
確かに体調もイマイチだったので、数日検査入院することで原因がわかればいいなぁぐらいの軽い気持ちでした。
ただ、自分のマイカーで来ていたし、入院グッズもなにもないので一度家に帰りたいという話をして、一度はOKが出たのですが、元々の循環器内科の主治医も来られて「家に帰るのはダメ。このまま入院しましょう」と説得されて、仕方なくそのまま入院することになりました。

ここまでの展開でもびっくりだったけど、なぜか入院する病室がICUだったのにも驚きでした。
正確にはICUの中にあるHCUというERで運ばれてきた人が入る病室だったわけですが、なぜ一般病棟ではないのだろうかとちょっと疑問でもありました。
なぜならこの時点では私自身はそれなりに元気で熱もないし、普通に歩けるしで、ICUに入らなければならない理由がなかったので。

ICU内はとても厳しくて携帯電話の使用を禁じられてましたが、とりあえず家族と会社に連絡しなければということで、10分だけICUの外に出て電話をしました。
姉には調子悪くて病院に行ったら入院することになったことと、家族から病院に電話が欲しいと言われていることだけを告げました。
会社の上司にも同じく、とりあえずよくわからないけど検査のため入院しますとだけ伝えました。
この時点では何日入院するかも全く分からなかったので「また連絡します」とだけ伝えましたが、これ以降はICUから出られずに会社への連絡はすべて家族にお願いすることになったのです。


そんなこんなで、あまりにも突然の入院でした。


2016-06-20 : 未分類 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

気づいた時にはER(救命救急センター)


昨日久しぶりに遅くまでテレビを見ていたせいか、今日はなんとなく体調すぐれません。
今回の経験から、血圧や脈拍が問題なくても、感染による人工血管や人工弁への影響がわかったこともあって、体調に対する不安は今までとは違っています。
もしかして再発したかもという恐怖はどこかで終わりがあるのかな?
ガンや白血病と闘う人たちの気持ちがほんの少しだけ分かった気がします。
無理をしなければ再発しないっていう病気でもないし、こればっかりは「運」でしかないんかな・・・

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前回の続きになりますが、体調不良はあったものの決定的な問題がなかったので、次の外来受診の4/29まで病院に行くつもりはありませんでした。
4/17の日曜日に前回の手術以来久しぶりに美容院に行ったのですが、長い間座っていなくてはならなかったりで思いのほか疲れて家に帰ったらそのまま何もする気がなく、倒れこむように眠ってしまいました。
翌日は仕事に行くつもりでしたが、まだ疲れもあるし生理痛もあったので休んでしまおうかなぁと・・・
火曜日は出勤したのですが、どうもイマイチだったため、午後から帰宅。
水曜日は頑張て1日出勤しましたが、午後からかなりしんどくて、半分ぐらいは休憩室で休んでました。
17時の定時前にはもう寒くて寒くて、車に乗ってから超暖房をつけて震えながら帰宅。
何もする気がせず、食べる気力もなく。
木曜日は朝起きることもできなかったので欠勤。
昼過ぎからはさらに体調が悪くなって、熱を測ったら39度超。
しかし、風邪薬を飲んで寝たら、翌朝の金曜日には平熱に戻っていました。
金曜日は出勤しようか、かなり迷いましたが欠勤の連絡を会社にしました。

このままゆっくり寝てもよかったのですが、ちょうど金曜日が心臓血管外科の先生の外来日だったことや、出勤と欠勤を繰り返して迷惑をかけているので、ちゃんと病院に行って問題ないというお墨付きをもらうか、もしくはしっかり休むという診断書をもらうかなど、何らかのことをしなければ会社に対しても失礼かなと思い、急遽外来予約を入れてもらいました。

いつも通りに診察してもらったわけですが、先生が持っている小型の簡易エコーの画像を見た後に急に先生が「循環器内科の先生にも診てもらおう」と言い出して、しばらく外で待たされることに。
再度呼ばれた時には、「循環器内科の先生と話をつけてきたので、今から・・・に行って下さい」と言われて、「????」の状態な私。
実はその時に先生の言葉がよく聞こえなくて、どこに行けばいいのかイマイチ分かっていませんでした。
で、気づいたら車いすに載せられて「ER(救命救急センター)」に運ばれてました。
この時点でも実はよく事態を把握出来てなかったです。
なぜ外来の循環器内科でなくて、ERに連れてこられたんだろう??
ちょうど知り合いの先生とかがこっちの担当だったからかなぁとか。
その程度のことだとばかり思っていました。。。



tag : 感染性心内膜炎 病気

2016-06-19 : 未分類 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

感染性心内膜炎の予兆


昨日は久しぶりに運転してみました。
といっても、徒歩で10分~15分ほどの場所にわざわざ車で行っただけです(-.-)
車なら5分ほどで到着してしまう距離ですが、久しぶりの運転だったので緊張してしまいました。
わざわざ買いに行ったのはこれです(↓)

IMAG0290.jpg

今年は梅サワーを作りたかったので、この時期までに退院できるか微妙だったのですが無事に手に入れました。
他の材料はネットスーパーで買う予定ですが、梅だけは自分の目で確かめて購入したかったので、これだけ買って帰りました。
今日の午後には必要な材料も届く予定なので、早速作ります~。

******************************
今回の入院は全く予想していない入院でした。

今思えばっていう症状は前からあったけど、まさかこんな事態になるなんて思ってもいなかったです。
前回の手術後、しばらくは上向きだった調子も、そこからはずっと平行線でした。
なんとなくすっきりしない体調。
徐々にそれは強くなってくる感じで、職場復帰はしたものの、倦怠感はどんどんひどくなる感じでした。
特にひどかったのが寒気ですね。
ただ、真冬だったし術後でもあったので、身体の循環が悪くなっていると思っていたので、「私ってばすごい寒がりなっちゃったよ~」と職場でも笑って話をしていたぐらいでした。

1か月に1度は受診していたので、その時になんとなく身体はすっきりしないという話はしていたけれど、検査結果はどれも異常がなかったので、私自身も医師も「そのうち良くなる」としか判断できず。
人によっては半年、1年ぐらいは憂鬱だったり体調がもとに戻らない人もいるらしいので。
実際に自分の周りの人に話を聞いても、そういう感じだったよ~っていう言葉にみんな同じかぁって思っていました。


ただ、この状況が4月に入るとさらにひどくなってきました。
4月の暖かさの中で、会社でも私だけがとにかく寒い。
とくに夕方ぐらいからは震えが止まらないことも。
食欲もないし、身体がなんとなくむくんでいるようで、足がだるくてうまく歩けないことも。

IMAG0291.jpg

当時のメモ書きです。
あまり記憶がないけれど、先生に話をするのに忘れないように自分の症状を書いておいたんだと思います。
こんな状態ではあったけど、脈拍も血圧も正常だったので、心臓が悪いのではなくて他の病気にかかったのかもと思い、ネットでも検索ばかりしていました。
どれも当てはまる感じだし、当てはまらない感じだし・・・
とにもかくにも次の受診日である4/29まではなんとか頑張ろうと毎日思っていました。

tag : 感染性心内膜炎

2016-06-17 : 未分類 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

抗生剤を飲み込む


退院3日目。
退院した日はそれだけで疲れて何もできなかったのですが、昨日はリビングに広げっぱなしだった入院グッズをすべて片づけました。
リビングにあった荷物を片づけただけでも、普段が戻ってきたようでほっとします。

現在は何が大変って朝6時に飲まないといけない薬があるので、そのために起きなきゃいけないのが苦痛で・・・
この薬は8時間ごとに飲まないといけないので、どうしても朝6時に起きて飲まないといけないんです。
今回の私の病気にはとても重要な抗生剤なので。

ダラシンカプセル

ただ飲むだけならなんてことないのですが、今回初の薬によるアレルギー反応が出てしまい、苦しいは気持ち悪いはで冷や汗だらだらで大変でした。
薬の中止も考えられたけど、主治医の先生としては出来るだけ飲んでほしかったみたいで、薬剤師さんからのアドバイスによりカプセルではなくて、カプセルの中身を出して白湯で飲むという方法に・・・
薬を飲むことに変わりはないので、こんなんでアレルギーが止まるか!?と半信半疑でしたが、ぴたりと止まりました。
そのため、入院中も面倒ですが朝の6時に起きてお湯を看護師にもらい、冷まして、カプセルの中身を必死で出して、溶かして、一気に飲むこむってのをやってましたよ。
そもそも苦いからカプセルに入っているわけで、溶かして飲んだらまずいに決まってます(*´з`)
大量のお水で後から流し込むって感じですね。
この薬はずっと飲むわけではないので、しばらくの我慢です・・・

しかし、朝の6時に忘れずに起きるのは本当に大変でした。
前回の入院時にはほとんど熟睡できなかったのですが、今回は後半からは眠ることができるようになっていました。
大きな音などなどで途中で目を覚ますことはよくあったけど、それでもそのあとはまた眠ることができたので、前回のような一晩中眠れない苦痛はなかったです。
実は今回も途中までは全く寝れなかったのですが、看護師さんから「家から枕を持ってきてもらった?」とのアドバイスを頂いて、枕を持参してきました。
そのおかげもあってか眠ることができたようです。
ただ入院した日から退院の直前までずっと点滴針が刺さってましたので、それを気にして眠るのが苦痛でしたが。

今は家に帰って朝までぐっすりです。
しかし6時に起きなければならない苦痛・・・
眼は覚めてはいるけれど、薬の準備をする苦痛・・


早くこの薬から抜け出したいわ。

2016-06-16 : 未分類 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

感染性心内膜炎と闘う

またひとつ背中に荷物を背負うことになってしまいました。


まさかたった数か月でまた手術をすることになるとは。
人生とは分からないものです・・・

マルファン症候群という荷物とともに、感染性心内膜炎の既往歴ありという荷物も背負うことになってしまいました。
11月末の手術にて形成していただいた大動脈弁は残念ながら再手術により機械弁になってしまいました。
この数カ月でいろいろありすぎです。。。

今回は二ヶ月という長丁場の入院になってしまいましたが、無事に昨日退院してきました。
体調は結構いい感じだと思います。
ただ、今回は再発という恐怖も抱えたままの退院なので、以前よりも重いけどね。

それでも助かった命ですから、生きていかなければなりません。
今回のことで人生観みたいなものが少し変わった気がします。
今までもマルファンであることから自分が長生きをするタイプじゃないとは思っていたけれど、それでも医学の進歩があったり、最初の僧帽弁の手術後の12年間、とても調子がよくて、「もしかして私ってば寿命を全うしちゃうかも(笑)」などと思っていました。
しかし、今回の件で「私は長生きしないかもな」と思ったのです。
手術をするかの判断は、命の危険との境目にあったからですが、今後また再発したら、ちょっと次はどうなんだろうなぁと思ってみたり。
こうやって言うと悲観的だと言われると思うけれど、悲観的な気持ちで言っているわけではなく、自分が長く生きられるタイプでないのならば、これまで以上に「今」という時間を大切にしなければと思ったのです。

先のことを考えるのはやめようと。
たとえば、今までは来るか分からない遠い未来の老後を心配して「今」を我慢して、貯金することにしていたお金をもっと「今」のために使おうと。
美味しい物食べて、欲しい物を買って、色々なところに今まで以上に行こうと。
そのためにも体力をつけて早く仕事復帰しなければ~。

「今」を生きるぞ!


<感染性心内膜炎とは>

感染性心内膜炎(IE)とは、心臓の内側の膜(心内膜)または弁膜に贅腫(ぜいしゅ)といわれる感染巣をもつ敗血症(はいけつしょう)の一種で、循環器の感染症です。感染症としての重症度だけでなく、炎症による心臓構造の破壊や循環動態の変化、贅腫が血流に乗って引き起こす塞栓症(そくせんしょう)(脳梗塞(のうこうそく)など)により、さまざまな臨床状態を示す全身性の感染症です。

黄色ブドウ球菌や表皮ブドウ球菌など強毒菌によって引き起こされる場合、多くは、数日から数週間の急激な経過をたどる。高齢者に多く、健常な弁が侵される頻度が高い。弁の破壊の程度は強く、また、敗血症に発展することも多い。合併症としては、心筋炎や細菌塞栓が多く、死亡率は高い。放置した場合、平均で4週間で死に至る。
2016-06-15 : 未分類 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :
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