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手術2日後

今日は、家でカレーを作ってみた。

なんとなく暇になってきたのと、家でただゴロゴロしているだけだととても申し訳なくなってくる。病院にいる時は「病人」なのに、同じ状態で家に帰っただけで「甘えている人」だと思われそうで。

実際は誰も思っていなくても、何かしなくてはという思いがある。

カレーならせいぜい10分もあれば出来ると思い、手っ取り早く材料を切って炒めたけど、途中でしんどくなったので炒めるのはすぐにやめて煮てしまった(笑)

いいの、それでもカレーは出来るから。







--



3月11日

術後2日目。

だいぶ、術後の記憶がなくなってきたので思い出すのが大変だ。



この日から食事が始まったと思う。

驚いたことに、おかゆ以外はすべて手術前日に食べていたような普通の心臓食だった。とても食べれそうにない。

しかし、先生から極度の貧血になっていることを教えられた。

術前14だったヘモグロビンが、7.3になっているそうな。

7.5を切ったら輸血する場合も多いらしい。

「輸血したら楽になるけれどどうする?」

といわれたが返事はなんとも言えなかった。

やはり、リスクが気になる。

先生も分かっているようで、「若いから戻るよ」ということで、この日は輸血は見送られた。

ただし、その代わりに食べないとこいつは増えない。



なので、この日からちょっと苦痛なぐらいの食事の時間が始まる。

おかゆと、お味噌汁を交互に看護婦さんの手から食べた。

意外と食べれる。

母が切ってきたキーウィも食べた。

しかし、食後に猛烈にカラダが暑くなる。

この現象はこの後、ICUにいる間はずっと続いた。

たぶん食事をすることによってエネルギーを使っているのだろう。食事の前後にはアイスノンが必ず必要なり、ICUにいる間はほとんどずっと手に握っていた。



この日、首にある点滴のひとつがはずれる。(IVHってやつ??)

点滴を外すのはとてもとても痛かった。しかも、いつものM先生ではなくてすごく不安。こういう時も医師との信頼関係は大事だ。

止血してくれるのだが、それも超痛かった。

でも、首の点滴がひとつはずれてこれでまた、少しカラダが動かしやすくなる。寝返りの時に、点滴がとても重くて邪魔だからだ。

左手首の点滴に付いていた支えるための板も外された。



この日、M先生から一般病棟に移るかを聞かれた。

通常は3日ぐらいで一般病棟に移るので、もうそういう時期だ。

こんなに早く、こんな状態でICUを出るのかととても不安になった。

まだ、一度も起きてもないのに・・・



明日が土日であることもあり、もう少しICUにいても良いよと言ってくれた。

私も母も、ICUにもう少し居たいと話す。

一般病棟には月曜日に移動しようという事になった。

素直に嬉しい。

ICUがいやだという人の話を聞いていたけれど、私は結構ICUは居心地が良かった。看護婦さんや先生がすぐ近くにいるのはとても安心だし、ナースコールをすればすぐに飛んできてくれる。

一般病棟では、多くの患者もいるからこうはいかない。



看護婦さんが私が暇そうに見えたのか、TVを持ってきてくれた。

少しだけ見るが、すぐに疲れて消してもらう。

変わりに、MDウォークマンをバックから出してもらった。



この日の夜、とても怖い夢を見た。

「世界の終わり」の夢だ。



近未来の話のようだった。

世の中は秩序がなくなり、荒れ果ていて、とても怖かった。

しかし、細菌によって侵されて人々は地下にシェルターを作ってそこに住むようになる。

みんなの努力によって少しずつ地下シェルターは人が住めるような環境になっていき、平穏が戻ってきていた。

そこは「無菌」の世界だった。

人々は、菌によって失った手足を戻すために、なぜか「納豆菌」を使っていた。

失った手足の変わりに、なんていうかビヨーンって菌が伸びたような状態で手足があるのよ。

ある意味グロテスク・・・



特に、その手足を培養するセンターはすごく厳密にチェックがあったりして。

あと、食べるものがなかった。

しかし、ある時に「綿」と「塩」が無菌であることが分かって、人々がわれ先にと「綿」に「塩」をつけてむしゃむしゃと美味しそうに食べ始める。

私も食べたけれど、綿菓子みたいで美味しかった。



その平穏も長く続かなくて、悪いことを考えだす奴らも出てきて、「塩」の変わりに「砂糖」をばら撒いてしまう。

それによって、無菌状態の世界は一気に崩壊していき、みなが逃げ出す。



「炎」もばら撒かれて、あっという間に平穏だった世界は炎に巻き込まれていく。

どんどん炎が近づいてくる。

私も丘のようなところを必死で逃げた。

押しつぶされるようにみんな逃げるけれど、あっという間に炎は追いつき、その炎に身体は巻かれていく。

人々が燃えて押しつぶされて・・・

まるで世界の終わりだった。



「私たちの未来は・・・」



私の頭の中でそんな言葉が出てきて、それは私だけじゃなく、炎に包まれて焦げてゆく人がみな口々に同じ台詞を呟いていた。



そこで、夢は覚めた。

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2005-04-04 : 入院 : コメント : 0 :
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さまざまな病気を持った人間もそれぞれが自由に明るく、時にはいろいろな事に悩みながらも生きてることを『共有』したいと思っています。

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