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ココロの病、カラダの病

私には心に病を持った友達がいます。
心に病という言い方はあまり良い言い方ではないのかもしれませんね。
「強迫神経症」という病気から始まって今は鬱を患い、薬に頼りながらも一生懸命働いています。

私には正直彼女の気持ちは全く分かりません。
私は基本的に超楽観主義な人なので彼女とは考え方が全く違うし、なぜこういうことに悩むのかなとひとつひとつが理解できないのです。
だからといって否定するつもりはないし、だからこその聞き役になれるのだろうなと思います。こういうのって同じ性質の人とは確かに痛みを感じあえるけれど私はくっつくべきではないと思うのですよ。
マイナスの時の人間って確かにマイナスの人を求めてしまって、自分と同じ境遇の人と分かち合おうとするけれど、分かち合いは出来ても、一緒に浮上はできないのです。
二人してどんどん深みに嵌っていくだけで・・・

すべては理解できないけれど、でも「自分の中になにかひとつ大きなものを背負っている」という意味では私たちは同志なのです。

就職も恋愛もちょっとしたひとつひとつも。
「普通」の人ならば、簡単に乗り越えられるものが、私にも彼女にも乗り越えることができないのです。

ちゃんと就職したいです。
自分の力を思い切り発揮したいです。
しかし、鬱を抱えた彼女にはひとつの仕事を長く続けるのはとても難しいことなのです。
同じように障害者認定を受けている私にもその壁は大きいのです。
普通に子供が産みたいです。
しかし、彼女も私も自分の病気を抱えて子供を産み育てる自信がないのです。


心の病気だったり私のような内臓疾患の患者は見た目からは「病気を持っている」というのはあまり分からないものです。
私の場合もほとんどの人が私自身が病気を持っていることは全く知らないし、知らないからこそ平気でいろんな事を言われることがあります(例えば結婚や子供のことであったり、なんでスポーツしないのとか、就職しないのだとか…)
こういう時に、とっても失礼だと思うけれど、ものすごく素直な気持ちとして手や足が不自由な人のほうが誰の目から見ても分かりやすいという点で、時々羨ましく思えてしまうことがある。
そういう不埒な事を考える自分も彼女は理解してくれて頷いてくれます。

なんだか何が言いたいのかよく分からなくなってきたけれど、とにかく私も幸せになりたい。
そして絶対に彼女にも幸せになって欲しい。
今は辛いけれど、きっとお互いにいい薬だったり治療法だったり、良い人に巡り合えてもっともっと楽に生きれるようになるといいね。

そう思うわけです。
二人でがんばろうね。
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2004-11-18 : : コメント : 0 :
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はるみ

Author:はるみ
さまざまな病気を持った人間もそれぞれが自由に明るく、時にはいろいろな事に悩みながらも生きてることを『共有』したいと思っています。

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