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まさに死の宣告のような


今日でちょうど術後2か月となりました。
昨日はまた血液検査のために受診してきました。
結果は「◎」でした(^^)/
炎症値が「0.1」まで下がって、白血球も前回と全く一緒ということで一安心です。
抗生剤の点滴が中止から約3週間経っているので、まず大丈夫かなっていう判断でした。

昨日は病院帰りにドラックストアに寄ったり、市役所に障がい者申請に行ったりしてきたのですが、あれもこれもとやっていたら夕方からどっと疲れが・・・
まだまだ自分の気持ちとは裏腹に身体はついてこないようです。。。

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入院した時には、まさか「再手術」などという言葉が聞かれるとは思ってもいませんでした。
抗生剤の点滴治療が6~8週間必要だという話があり、長い入院になりそうだなぁとは思ったけれど、点滴治療で治る病気なんだと思っていたからです。
今回は最初からICUに入っていたので、スマホがなくて調べることが出来なくて、自分の知識の中にこの病気のことがありませんでした。
ただ、前回の手術の際に大動脈弁を手術した人のブログがそういえば「感染性心内膜炎」だったかも・・という記憶がなんとなくありましたが、とにかくスマホがないから医師や看護師からの言葉以外には病気のことが分からず。

入院して数日後ぐらいから、検査結果によっては再手術の可能性もあるという話がなんとなくは出てきましたが、とにかく「検査してみないと分からないからね」という感じで断言はされなかったし、きっと大丈夫なんだろうと。
そんなころに、回診で複数の医師たちが回ってくるのですが、一番トップにいる先生がぽろっと「手術がんばろう!」という言葉が出てきて「え!?」って感じでした。
実はその日の夕方に家族と担当の循環器内科の先生から説明を受ける予定だったのですが、フライングしちゃったんですよね。
私としては、まだ点滴治療で治ると信じていたので、一瞬パニックに。
で、ポロポロと泣いてしまって、先生達も大慌て。
「ごめん、まだ話聞いてなかったんだね。ごめんね、ごめんね」と先生は謝ってくれたのですが、ここからは一気にダークモードに。
起きてても寝てても頭から離れない。
ただ、もしかしたら家族はすでにこの事実を知っていたのかもなと思います。

夕方に家族が来て、この先どうするかを話をしました。
私としてはとにかくもう手術したくない、頑張ったのにたった数ヶ月でまた頑張れなんてもう無理・・・
そんな感じでしたが、それでもきっと逃げられないんだろうなと。
手術をしなければならないとしたら、いつなのか。
最も大事なのはこの病院で自信をもって大丈夫だと言えるのか。
そんなことを話をしました。

前回の手術の際には自分で話を聞いて決めましたが、今回は姉たちにかなり前面に出てもらいました。
とくに一番上の姉は医療関係者なので多少なりとも知識もあるので。

循環器内科の先生との話の中でも、言いにくいこともかなりきつめに言ってくれました。
先生も思わず黙ってしまってましたが・・・・
私自身はやはりお世話になる病院の先生達には心で思っていても言えないってのもあったけど、そういうのも含めてかなり本音で話をしてくれたと思います。
でも、再手術しかないという選択に泣けてきて、泣けてきて。。


その日の夜中にまた高熱を出して、朝方までしんどかったです。
看護婦さんにお手洗いに連れて行ってもらって帰ってきたら、なんだか途端にいろんなものがはじけて、また大泣き。
その看護婦さんとは前回の手術の際から仲良くしてもらっていたので、余計心が緩んでしまったのかも。
頑張っても、頑張っても、また振り出しに戻される自分の人生に本当に嫌気がさしていました。
どうやったらここから逃げられるのだろうか。
本気で考えたりもしてました。
点滴をぶち抜いて、走って逃げちゃおうかなとか・・・
そんなことは出来ない自分がわかっていても、とにかくむなしくて悲しくて。

私にとっては死の宣告のようでした。

2016-06-25 : 未分類 : コメント : 2 : トラックバック : 0 :

高熱と抗生剤の日々


今日は午後から少しだけお出かけに。
クリーニングにちょっとだけ冬物を出しに行ったのと、ドラッグストアに買い物に行ってきました。
両方とも車で行って、ちょこっと寄って帰るだけでしたが、体調もそれほど悪くなくていい感じです。
この調子ならば職場復帰は意外と早くできるかも!?
8月のお盆前に復帰をしないと休職扱いになっちゃうそうなので、それまでに1日でもいいから出勤できるようになれるといいと上司からは言われています。
休職になると、今まで会社で積み上げしてきた個人年金が解約になってしまい、利率がグッと下がるので・・・
それが理由か(笑)!?

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入院した当日に、早速抗生剤の点滴が始まりました。
その時には可能性の話だけされて、結果が分かってからではなく、可能性が少しでもあるならばすぐにでも治療を始めましょうってことで、抗生剤の投与が始まりました。
ただ、この時点では私は病気自体は全く理解出来てませんです。
なんかよく分からないけれど、とにかく点滴で身体の中で悪さをしているヤツを倒すんだなってぐらいの認識でした。

しかし、この日の夜からだったかなぁ。
ものすごい寒気と、ものすごい高熱を繰り返すようになりました。
これは手術日までずっと続きました。
特に寒気がすごかった。
布団を3枚かけてもらっても全く暖かくなりません。
身体の震えが止まらなくてすごい体力を消耗します。
それがなんとなく収まってきたなぁと思うと、次には高熱が襲ってきます。
38℃を超えたぐらいに解熱剤をもらって飲んでました。
解熱剤を飲めば1時間ぐらいで熱は下がります。
37℃台だと、まだこれから上がってくる可能性が高く、この時点で飲むと効き目が悪くなるので、ある程度上がるまで我慢しないといけないのが結構しんどかったです。
この、悪寒と熱が1日に2回ほど定期的に来てた感じです。
次の寒気が来るまで、2、3時間ぐらい間が空くのですが、そこだけが話をしたり検査をしても大丈夫な時間でしたね。
高熱や抗生剤の影響もあり、食事もほとんど食べられなくなっていました。
入院の日から手術まで10日ほどありましたが、ほとんど食べてなかったと思います。

この10日間は精神的にも肉体的にもとても辛かったです。

2016-06-22 : 未分類 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

退院後初外来


今日は退院後の初外来でした。
本来は金曜日が主治医の外来日ですが、退院が火曜日だったので、その週の金曜日だとちょっとは早すぎるし、翌週だとちょっと遅すぎる。
ということで、退院1週間後の今日に特別に外来予約を入れてもらうことになっていました。

ドキドキの検査結果ですが、退院時と変わらずでした(^^)/
今回は心臓はそれほど心配してなくて、やはり感染症の再発が一番怖い事です。
先生もそれを気にしての受診でした。
基本的にはCRPと白血球の値で見ているのですが、どちらも変化がなかったので安心でした。
先生からは、抗生剤の点滴中止から今日で2週間経って、数値も上昇していないので、第一関門は突破したかなっていう感じの判断でした。

ただ、内服薬を日曜日まで飲んでいたので、この内服薬の効き目も考慮したうえで、今週末に再度外来に行くことにしました。
これで数値的に問題がなければ、とりあえず第2関門も突破できるかな?

まだまだ完全に安心できるところまで来てはいませんが、今日の結果にホッとしてます。
毎回、結果を聞くのは試験の結果を聞くみたいにとてもドキドキしちゃいます。
早くこの「細菌撲滅キャンペーン」の終結を祈ってます!!

2016-06-21 : 未分類 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

即刻の入院宣告


昨日はなんとなく体調がすぐれなかったので、一日中テレビの前でぼーっとしてました。
入院中はテレビなんてほとんど見なかったけどね。
なんでかなぁ。
前回もそうだけど、見たいという気持ちが全然わいてこなかった。
だからといって何をしていたかと言われると何をして一日を過ごしていたのだろう??

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ER(救命救急センター)についたら、すでに数名の医師と検査技師の方が待っていました。
血液検査をするということで、何か所か血液を抜かれることに・・
足も抜かれたような気がするなぁ。
あとでわかったのですが、これは「血液培養」の検査のためだったようです。
感染性心内膜炎は非常に判断が難しい病気だということも、あとで知りました。

「感染性心内膜炎の予防と治療に関するガイド - 日本循環器学会」
感染性心内膜炎は的確な診断の下,適切な治療が奏功しないと多くの合併症を引き起こし,ついには死に至る重篤な疾患である。
近年の各種診断法の進歩,次々開発される抗菌薬,外科的治療法の進歩により予後は改善したと思われるが,発生件数は減少したとは言えず,いまだに的確な診断がつけられないまま徒に時を浪費し,重篤な合併症を発症した後に高次医療機関に紹介されるケースが後を絶たない。
こういう例を少しでも減らすことがわれわれ循環器医の使命であろう.
しかしわれわれ循環器医ですら,いつまでも続く発熱から心不全あるいは急激に発症する脳血管障害にいたるまで,感染性心内膜炎の多様な発症様式に眩惑され,その結果,診断,治療に遅れを取ることもある.


心エコーの検査をしているときには先生たちが「ここに見えるのがそうじゃないか」とかなんたらかんたら騒いでいたのですが、もう2か月以上前のことなので私もよく覚えていませんが、「最近何か体調で変わったことがない?」という話になって、心臓血管外科の先生に話したことと合わせて「そういえば、昨日39度の熱が出ました」という話をしたら、なんだかさらにざわついて「このまま入院しましょう」と言われてびっくり。

大動脈弁の逆流も見られるってことでその時には「検査入院」という感じの話だったと思います。
確かに体調もイマイチだったので、数日検査入院することで原因がわかればいいなぁぐらいの軽い気持ちでした。
ただ、自分のマイカーで来ていたし、入院グッズもなにもないので一度家に帰りたいという話をして、一度はOKが出たのですが、元々の循環器内科の主治医も来られて「家に帰るのはダメ。このまま入院しましょう」と説得されて、仕方なくそのまま入院することになりました。

ここまでの展開でもびっくりだったけど、なぜか入院する病室がICUだったのにも驚きでした。
正確にはICUの中にあるHCUというERで運ばれてきた人が入る病室だったわけですが、なぜ一般病棟ではないのだろうかとちょっと疑問でもありました。
なぜならこの時点では私自身はそれなりに元気で熱もないし、普通に歩けるしで、ICUに入らなければならない理由がなかったので。

ICU内はとても厳しくて携帯電話の使用を禁じられてましたが、とりあえず家族と会社に連絡しなければということで、10分だけICUの外に出て電話をしました。
姉には調子悪くて病院に行ったら入院することになったことと、家族から病院に電話が欲しいと言われていることだけを告げました。
会社の上司にも同じく、とりあえずよくわからないけど検査のため入院しますとだけ伝えました。
この時点では何日入院するかも全く分からなかったので「また連絡します」とだけ伝えましたが、これ以降はICUから出られずに会社への連絡はすべて家族にお願いすることになったのです。


そんなこんなで、あまりにも突然の入院でした。


2016-06-20 : 未分類 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

気づいた時にはER(救命救急センター)


昨日久しぶりに遅くまでテレビを見ていたせいか、今日はなんとなく体調すぐれません。
今回の経験から、血圧や脈拍が問題なくても、感染による人工血管や人工弁への影響がわかったこともあって、体調に対する不安は今までとは違っています。
もしかして再発したかもという恐怖はどこかで終わりがあるのかな?
ガンや白血病と闘う人たちの気持ちがほんの少しだけ分かった気がします。
無理をしなければ再発しないっていう病気でもないし、こればっかりは「運」でしかないんかな・・・

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前回の続きになりますが、体調不良はあったものの決定的な問題がなかったので、次の外来受診の4/29まで病院に行くつもりはありませんでした。
4/17の日曜日に前回の手術以来久しぶりに美容院に行ったのですが、長い間座っていなくてはならなかったりで思いのほか疲れて家に帰ったらそのまま何もする気がなく、倒れこむように眠ってしまいました。
翌日は仕事に行くつもりでしたが、まだ疲れもあるし生理痛もあったので休んでしまおうかなぁと・・・
火曜日は出勤したのですが、どうもイマイチだったため、午後から帰宅。
水曜日は頑張て1日出勤しましたが、午後からかなりしんどくて、半分ぐらいは休憩室で休んでました。
17時の定時前にはもう寒くて寒くて、車に乗ってから超暖房をつけて震えながら帰宅。
何もする気がせず、食べる気力もなく。
木曜日は朝起きることもできなかったので欠勤。
昼過ぎからはさらに体調が悪くなって、熱を測ったら39度超。
しかし、風邪薬を飲んで寝たら、翌朝の金曜日には平熱に戻っていました。
金曜日は出勤しようか、かなり迷いましたが欠勤の連絡を会社にしました。

このままゆっくり寝てもよかったのですが、ちょうど金曜日が心臓血管外科の先生の外来日だったことや、出勤と欠勤を繰り返して迷惑をかけているので、ちゃんと病院に行って問題ないというお墨付きをもらうか、もしくはしっかり休むという診断書をもらうかなど、何らかのことをしなければ会社に対しても失礼かなと思い、急遽外来予約を入れてもらいました。

いつも通りに診察してもらったわけですが、先生が持っている小型の簡易エコーの画像を見た後に急に先生が「循環器内科の先生にも診てもらおう」と言い出して、しばらく外で待たされることに。
再度呼ばれた時には、「循環器内科の先生と話をつけてきたので、今から・・・に行って下さい」と言われて、「????」の状態な私。
実はその時に先生の言葉がよく聞こえなくて、どこに行けばいいのかイマイチ分かっていませんでした。
で、気づいたら車いすに載せられて「ER(救命救急センター)」に運ばれてました。
この時点でも実はよく事態を把握出来てなかったです。
なぜ外来の循環器内科でなくて、ERに連れてこられたんだろう??
ちょうど知り合いの先生とかがこっちの担当だったからかなぁとか。
その程度のことだとばかり思っていました。。。



tag : 感染性心内膜炎 病気

2016-06-19 : 未分類 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :
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はるみ

Author:はるみ
さまざまな病気を持った人間もそれぞれが自由に明るく、時にはいろいろな事に悩みながらも生きてることを『共有』したいと思っています。

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